日本語学習翻訳

日常生活のあちこちから自然に日本語を学ぶ

外国語の勉強を続けるのは、なかなか大変です。特に、いちばん基本的なところを学んだあと、「次に何をすればいいのか」が分からなくなりやすいと感じます。たとえば日本語の五十音を覚えている頃はまだ熱意があっても、その先で少し迷ってしまう。単語を覚えようとしても、覚えたそばから忘れてしまう。よく使うフレーズを練習しても、結局いくつかの決まり文句だけが残る。

そこで今の私は、実際の問題を解決するところから始めるようにしています。最初から細かく理解しようとしすぎず、まずは大まかにつかむ。それでいいと思っています。

日常の買い物

たとえば、これはいくらですか。

この文は、実際の買い物ではあまり出番がありません。商品にはたいてい値段が表示されていますし、仮に聞いて店員さんが答えてくれたとしても、そのあと商品説明が続いたら、こちらは何を返せばいいのか分からなくなります。

それより実用的なのは、たとえばスーパーでこう聞くことです。お米はどこですか。

相手が場所や行き方を教えてくれるとき、こちらにはすでに「米を探している」という前提があります。前、左、右、何かの隣、といった説明なら比較的聞き取りやすいです。最後に分かったら、自分が知っている簡単なあいさつやお礼で少しやり取りをする。

こういう会話はとても簡単ですが、有効なコミュニケーションが一回ずつ積み重なっていくと、思った以上に効果があるのではないかと思っています。

最初の頃は、簡単な単語を覚えていても、先生や生活の中で出会う日本人が普通の速度で話すと、すぐには反応できませんでした。最近は、覚えた単語を日本人が自然な速度で言っても、以前より早く意味が浮かぶようになってきました。

公園の案内板

公園利用者のみなさんへ
公園の中で犬の散歩させる人は、フンの後始末を、して下さい。
又公園内では、犬を放さないで下さい。
(長いリードはご遠慮ください。)

公園の案内板

この案内板の意味はだいたい、犬を散歩させるときはフンの後始末をしてください、また犬を放さずリードをつけてください、長いリードも控えてください、ということです。

日本語が分からなくても、案内板を見れば何を言っているのかはかなり分かります。日本語を学ぶなら、次のような部分に目を向けるとよさそうです。

ちょうど前日に、上・下・前・後ろ・隣といった位置を表す言葉を学びました。日常生活の中で「見れば意味が分かる日本語」から学ぶのは、自分には合っていると感じます。

分からないものの中で学ぶより、すでに意味が分かるものの中で学ぶ。私はそのほうが向いています。「分かっているものは学ばなくていい」というより、分かっている場面だからこそ身につきやすいのだと思います。

交通標識

日本語の時制は大きく非過去と過去の二つだけですが、活用の種類が多くてかなり混乱します。覚えにくいだけでなく、実際に使うときもすぐに反応できません。

今は自分の状況を受け入れて、無理に丸暗記しようとはしていません。身近で何度も目にするものから、少しずつ慣れるようにしています。たとえば下の進入禁止の標識にある 自転車を除く という表現です。

これは、自転車は通ってよいという意味です。

交通標識

この短い表現は、名詞+助詞+動詞でできています。

見るとすぐ、「除く」は何かの活用ではなく辞書形そのものだと分かります。最初に分からないときは調べて、ます形が「除きます」だと知る。実際の場面と結びつくので、記憶にも残りやすいです。しかも毎日のように通る場所で何度も見るので、自然に定着していきます。

日本では、自転車は中国でいう自動車と非自動車の中間のような位置づけに感じます。ざっくり言えば、車両として考えたほうが分かりやすいです。歩道がない道路では左側通行をし、歩道がある道では自転車通行帯が表示されていることもあります。

日常の食べ物・飲み物

私たちはすでに、い形容詞とな形容詞を学びました。い形容詞はそのまま名詞につながり、な形容詞は「な」をつけて名詞につながります。

では、どう見分ければいいのでしょうか。私の感覚では、語尾が「い」で終わるものはだいたいい形容詞です。一方、な形容詞は漢字で書かれることが多い。ただし、ひらがなで書くと紛らわしい単語もあります。たとえば「きれい」です。

日常生活の中でどう積み重ねるか、下の明治の牛乳で考えてみます。パッケージにはこう書かれています。おいしい牛乳 新鮮な生乳のおいしさ、そのまま。

明治のおいしい牛乳

意味としては、「おいしい牛乳、この味そのまま」という感じです。中国語で言うなら、「まさにこの感じ」という広告コピーに近い雰囲気があります。

この中には、い形容詞とな形容詞の両方があります。おいしい新鮮 です。時々飲む牛乳のパッケージで何度も見るので、覚えようとしなくても自然に残ります。