漢王朝の太守・刺史制度から考える、現代における「良い会社」の見極め方
以前の私は、本を買って読むことが習慣になっていて、ある時期は特に歴史書ばかり読んでいました。古代の夏・商・周から近現代まで、中国史のほぼすべての時代に目を通しており、大きな空白期間はありません。
今朝、たまたま日本の職場文化について書かれた投稿を見かけ、それをきっかけに、歴史と結びつけて少し自分の考えを共有したくなりました。
漢王朝の「太守・刺史制度」
秦の始皇帝以降、2000年以上の中国王朝史の中で、皇帝は400人以上存在しました。しかし、本当に優れた統治者となると、ごくわずかしかいません。
秦の始皇帝・嬴政、漢武帝・劉徹、唐の太宗・李世民、宋の太祖・趙匡胤、元の太祖・チンギス・ハーン、そして清の康熙帝。この6人くらいでしょうか。もし彼ら全員の能力を一人に集約できたら、まさに最強ですね(笑)。
とはいえ、嬴政やチンギス・ハーンのような征服者たちにも限界はありました。彼らは領土拡大には圧倒的な才能を発揮しましたが、「守成」、つまり国家を長く安定して維持することには苦戦しました。
秦王朝は二代で滅び、わずか十数年しか続きませんでした。チンギス・ハーンの巨大帝国も、拡大を前提とした構造だったため、最初から分裂の運命を抱えていたとも言えます。
その一方で、約400年続いた漢王朝の「太守・刺史制度」は、非常に優れた統治システムだったと私は感じています。
- 地方行政を担う「太守」には、経験豊富で世渡り上手、政治感覚に優れた人物を配置する。
- そして、その太守や官僚たちを監督する「刺史」には、若く血気盛んで、正義感が強く、権力に迎合しない人物を配置する。
これによって、行政運営と権力監視のバランスが保たれていました。
この仕組みを理解していない人は、「経験も少なく地位も低い人間が、太守を監督して意味があるのか」と思うかもしれません。しかし実際には、その“未熟さ”や“融通の利かなさ”こそが重要だったのです。
もし刺史までも太守と同じ基準で選んでしまえば、両者は簡単に癒着してしまいます。
後漢末期の州牧制度は、その典型例です。各地の州牧たちは、次第に中央政府から独立し、まるで地方の皇帝のような存在になっていきました。
現代で言えば、香港の廉政公署(ICAC)も、本質的には当時の刺史制度と似た発想だと私は思っています。
良い会社を見るなら「3種類の人」を見る
さて、話を現代に戻します。
普通の人にとって大事なのは、「良い仕事を見つけること」や「良い投資先を選ぶこと」です。仕事でも投資でも、努力以上に「選択」が重要になることがあります。
そして、私たちが最終的に選ぶのは、多くの場合「会社」です。
会社にとって最も重要な資産は、人材です。私自身は、その会社を見る際、次の3種類の人がいるかどうかを見れば十分だと思っています。
- 先を見通し、会社を正しい方向へ導ける経営者がいるか。
- 人間関係や対外交渉に長け、調整能力の高いパートナーや幹部がいるか。
- 若く勢いがあり、鋭さや反骨心を持った社員がいるか。
もしあなたが、こうした異なるタイプの人々が同じ会社に存在することを、心理的に自然に受け入れられるなら、その会社選びは悪くないと思います。
そして、もし株式投資が目的なら、決算書や内幕情報ばかり追うよりも、人事の動きや経営陣まわりのニュース、社内の力学などに注目しつつ、テクニカル分析を組み合わせたほうが、案外役立つかもしれません。